「だからあれじゃ。
「だからあれじゃ。蝮の親父殿がそちに預けた、ほれ、いざという時は儂を刺すようにと言うた、あの…」
「父上様の短刀の事でございますか?」
濃姫は察したように言うと、打掛の脇を広げ、小袖と帯の間に挟んでいた道三の短刀を抜き取った。
「これでございましょうか?」【平價植髮陷阱】看似吸引的植髮價錢 卻不能忽略的風險!
濃姫が二頭波の紋が彫られた短刀を、両の掌に乗せて差し出すと
「おお、これじゃ。……確かこの守り刀は、そなたが持って参った高価な花嫁道具よりも、ずっと大切な物じゃと言うておったな?」
信長は確認するように訊いた。
「はい。父上様から直々に頂戴致した物であり、何より、私が尾張へ嫁ぐにあたっての決意と覚悟が全て詰まった御刀でございます故」
「左様であったな」
「…にしても、殿。この御刀が今更どうしたと──」
伺いながら、濃姫は思わずハッとなった。
同時に、信長と初めて結ばれた日の、夜明けの記憶が、姫の脳裏を駆け巡る。
確か信長は、あの折にこんな事を言っていた。
『 いつひょっこりと、うつけな儂が顔を出して来て、とんでもない大事を引き起こすか分からぬ 』
『 そうなった時は、その刀を抜いて、うつけとなった儂を諌めて欲しい。無論、万が一の時は儂を刺し殺しても構わぬ 』
…と。
まさか信長は、葬儀の場での無礼な行いを恥じて、自分を刺してくれとでも頼みに来たのだろうか !?
意外と律儀なところがある信長の事だ、有り得ない話とは言い難い。
「如何した?急に黙しおって」
「…い…いえ」
「妙なおなごよのう。──まぁ良い。とにかく、その刀をこちらへ」
「え!?」
「儂はその刀を…」
そう話しながら、信長が短刀を奪おうと手を伸ばしてくる。
濃姫は思わず差し出した短刀を引っ込め、力強くかぶりを振った。
「なりませぬ!そのような事!」
「ならぬじゃと?」
「確かに、先達てのご葬儀の場での殿のお振る舞いは、遺憾極まりないものでございました!
…ございましたが、だからと言って、これしき事で死の道を選ぶ必要などございますまい!
あれはきっと、殿なりの深いお考えがあった上での行いであると、亡き大殿様も空の上からお分かりに──」
「葬儀の場?死の道? お濃、そなたの考え違いは甚だしいのう」
信長は軽快な笑い声を立てると
「儂はそなたから、その短刀を譲り受けたいだけじゃ」
「─?」
「聞こえなんだか? その短刀が欲しいと申しておるのだ」
仄かに笑みの残る真面目顔で、濃姫をひたと見つめた。
姫の整った眉が怪訝そうに寄る。
何故 信長が突然そんな事を言い出したのか、俄に見当が付かなかった。
彼への信頼と忠誠の証として、短刀を信長に預けようとした事もあったが、
濃姫の心情を思いやってか、信長本人の手から一度返されているのだ。
それを今また、何故欲しいなどと言うのか…?
「畏れながら。如何なる理由で、この刀をご所望あそばされまする?」
「何故訊く? 一度は儂にくれようとした物ではないか」
「左様ではございますが…」
明らかに戸惑っている様子の濃姫を見て、信長はほくそ笑んだ。
「良かろう。気になるのならば教えてやる。実はのう──もう間もなく妹のお市が齢五つの誕生日を迎える。
その祝いとして、そなたの刀を作り直させ、守り刀としてお市に贈りたいのじゃ。
あの者が誕生の折に親父殿から賜った刀は、ふくらの部分が欠けてしもうて難儀な事になっておるようじゃからな」
濃姫は思わず耳を疑った。
からかわれているのかとすら思った。
「殿…。いったい何のご冗談でございましょう…?」
「冗談ではない。お市は母を同じくする儂の可愛い妹じゃ。その妹の誕辰の祝いに、そなたの刀をくれてやりたいのだ」
「……」
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