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Showing posts from September, 2021

「そうだ。

  「そうだ。まず少なくても、あの女である可能性は低い。俺が夕餉の席に来た頃、茂吉さんと出て行ったのを見たから厨房に行っただろうよ」  「すると俺には、その後確かに彼女が厨房にいたことを確認しておけと」  「ああ、そしてそのついでに下手人探しも頼まれてくれねえかってことだ」      土方の部屋に忍び込んだ者が、間者か、 鄭志剛博士   それとも芹沢派の息のかかった者なのかは分からない。暗々裏に計画している新見の件の実行予定日も近づいている今、へたに騒ぎ立てるのは得策ではなく、  ここは土方の最も信頼のおける身内で内密に下手人を捜索したいのだ。    「なに、目星はついてるからそいつらを洗ってほしいんだ」  「やってみますよ。ついてる目星はどのへんです」  「まずは非番の春井、新庄だ。この二人はそろそろ動き出すんじゃねえかとは思ってた頃だ」  間者ではないかと踏んでいる者達を、沖田らは決定的証拠を掴むため泳がせてある。  「それから次に洗うのは今夜やはり巡察に出ていない、荒木田、越後、御倉、それから芹沢方の平間、飯守、越野・・」  土方が次から次へと羅列してゆくので、沖田がついに噴き出した。  「まったく、うちには泳いでる魚が山程いるからね。一度に全部洗うんじゃ大変だ」    ちろり、と土方は、そんな沖田を見返した。     「そいつらがまな板に乗るかどうかは、おまえの網の張り方次第だ。頼んだぜ」        「春井、新庄」  前をゆく沖田の背が、振り返らずに二人を呼んだ。    「は・・」   冬乃の横で二人が、沖田の声にびくりと震えたように見えた。  呼んだまま沖田の歩調は変わっていない。この向こうを曲がれば、蔵の前に着く。    「そういえば、おまえ達が副長部屋のほうから走り出てくるのを見た者が数名いるが、・・何をしてた」    (何の話?)  唐突な沖田の問いかけに、おもわず冬乃が問われた二人を見やれば、二人の顔はこの月夜でも見てとれるほどに強ばっている。    「・・・何を仰っているのか、判りかねるのですが・・」  二人の返す声まで、こころなしか震えたように聞こえた。    (いったい何)  首を傾げる冬乃の

自分で作った味噌汁

  自分で作った味噌汁を啜って、味は大丈夫そうだなとほっとしていると、    「総司、どうだった今日の外回りは」  近藤が聞いた。      局長である近藤は、沖田たち助勤職を直接に管轄してはいない。彼らの実際の指揮は副長である土方達がやっている。    だから、近藤がそんなふうに聞いた場合は、 兒童學英文   しかもこの食事の場では、なかば世間話のようにも聞こえるのだが、  その実、近藤は隊士達の仕事をとても気にかけているに違いない。と、    「ふむ、それで、どうだ五条の一件は」  「そうか。投げ文の件は、では片付いたのか」    ずいぶん詳しく聞いてくる近藤と、これまた詳しく答えている沖田のふたりの会話を耳にしながら冬乃はそんなふうに思って、ひとり心温かになっていた。    (近藤様は人柄が良いって、表情見ただけで感じ取れるくらい)    冬乃が初めてここで夕餉を食べた時は、仕事に出ていたらしく席に近藤は居なかったから、こうして近藤と沖田が一緒にいる姿を見るのは冬乃にとって初めてだ。    写真の通りに、強面なのにとても愛嬌のある顔を今ももぐもぐ飯を噛んで動かしている様子を 冬乃は沖田の隣から覗いて、嬉しさにこぼれそうになる笑みが抑えられない。      近藤は恐らく冬乃と同じくらいの背だろう。  だがやはり、近藤もまた沖田と同じく十代の頃から試衛館の太くて重たい木刀で鍛えてきただけあり、がっしりした体つきをしているさまが見てとれる。    (そして、雰囲気に重厚さがある) 冬乃の師匠もそうだが、剣の道を究めてゆく過程で身に帯びてゆく、独特の雰囲気というのがある。  近藤も沖田も、剣を手にしていない時でさえ、それを纏い、存在そのものでまわりを圧倒できてしまう。    同じ剣の道を歩んできた冬乃にとって、それは憧れだった。    そして、この幕末の時代には、そんな男たちが多くいるのだと。      (ほんとに、かっこいい・・)  冬乃はそんな想いを感じて、    ふと、    これから時代がさらに進み、混沌の渦へと堕ちた時、  そんな男たちの多くが命をおとすのだと不意に。そんな知っていたくもない事が胸

パーン!

  パーン!    「面あり!!」    弾かれたように勢いよく上がった赤旗が、 遊艇 香港   冬乃の視界の端に映り、冬乃は湧き起こる歓声のなか竹刀を引いた。     ” 女子個人戦の部、全日本二年連続優勝 ”    この広い大会場において、冬乃の名とその肩書きを知らない者はいない。    そして今回、    「やったあ冬乃!!三年連続優勝!すごすぎ!!」    応援に駆けつけていた千秋が抱きついた。    「行ってきな」    真弓が表彰台を指して、冬乃の肩を叩いた。        盛大な拍手の波にひかれるように、冬乃はトロフィを抱えて台をゆっくりと降りてゆく。     ─── 初めて竹刀を握った幼い日のことを思い出していた。    (あの頃は、まだ信じてたんだよね・・)    いつか彼に逢えることを。本気で。    その時のために、始めた剣道。    それから九年間、冬乃は着実に上達した。    上達とともに、冬乃は大人になってゆき、現実を知った。    所詮叶わぬ願い。    想いは、だが、憧憬から恋へと。つのるばかりだった。      「これで閉会式を終了します。一同、礼」    一瞬のち、会場内は俄かに湧いた。 「冬乃!!」  千秋と真弓が駆け寄る。そのなかに母と義父の姿は勿論、無い。    「改めておめでと!!」    今いちばん逢いたい人も、勿論いるわけがなく。    「・・逢いたい」    「イタイって、どっか打ったの?!」  周りが騒がしいせいでよく聞き取れなかった千秋が、驚いて冬乃の肩を掴んだ。    「え?」  当惑した面持ちで覗き込む千秋と真弓を、ふと冬乃は、我に返って見つめ、    「うん、・・」  (そういえば、確かに)    「痛い・・」    「どこ?!」    冬乃は首を振ると押し黙った。    (なんだろう、この痛み・・)    「冬乃、マジ大丈夫なの?」    再び首を振る。    「誰か呼ぶ?」    「頭が・・・」  「頭?どの