自分で作った味噌汁
自分で作った味噌汁を啜って、味は大丈夫そうだなとほっとしていると、
「総司、どうだった今日の外回りは」
近藤が聞いた。
局長である近藤は、沖田たち助勤職を直接に管轄してはいない。彼らの実際の指揮は副長である土方達がやっている。
だから、近藤がそんなふうに聞いた場合は、兒童學英文 しかもこの食事の場では、なかば世間話のようにも聞こえるのだが、
その実、近藤は隊士達の仕事をとても気にかけているに違いない。と、
「ふむ、それで、どうだ五条の一件は」
「そうか。投げ文の件は、では片付いたのか」
ずいぶん詳しく聞いてくる近藤と、これまた詳しく答えている沖田のふたりの会話を耳にしながら冬乃はそんなふうに思って、ひとり心温かになっていた。
(近藤様は人柄が良いって、表情見ただけで感じ取れるくらい)
冬乃が初めてここで夕餉を食べた時は、仕事に出ていたらしく席に近藤は居なかったから、こうして近藤と沖田が一緒にいる姿を見るのは冬乃にとって初めてだ。
写真の通りに、強面なのにとても愛嬌のある顔を今ももぐもぐ飯を噛んで動かしている様子を
冬乃は沖田の隣から覗いて、嬉しさにこぼれそうになる笑みが抑えられない。
近藤は恐らく冬乃と同じくらいの背だろう。
だがやはり、近藤もまた沖田と同じく十代の頃から試衛館の太くて重たい木刀で鍛えてきただけあり、がっしりした体つきをしているさまが見てとれる。
(そして、雰囲気に重厚さがある) 冬乃の師匠もそうだが、剣の道を究めてゆく過程で身に帯びてゆく、独特の雰囲気というのがある。
近藤も沖田も、剣を手にしていない時でさえ、それを纏い、存在そのものでまわりを圧倒できてしまう。
同じ剣の道を歩んできた冬乃にとって、それは憧れだった。
そして、この幕末の時代には、そんな男たちが多くいるのだと。
(ほんとに、かっこいい・・)
冬乃はそんな想いを感じて、
ふと、
これから時代がさらに進み、混沌の渦へと堕ちた時、
そんな男たちの多くが命をおとすのだと不意に。そんな知っていたくもない事が胸に急襲して冬乃は、いたたまれない苦しさに俯いた。
───そう、
(あと五年で沖田様は・・・・)
冬乃は思考を止め。
顔を上げた。
(たった五年。でも、それでもまだ、ずっと先の事だから。・・)
考えるなと────
顔を上げた先で、
楽しそうに会話しながら食事をしている隊士達と目が合い、冬乃はとっさに目礼し微笑んだ。
目の端に、新見の姿が見える。
・・・彼の命が、残り少ないことも冬乃は知っている。
「冬乃さん」
「はいっ・・」
突然、隣から掛けられた沖田の声に冬乃ははっとして振り返った。
「山南さんともまだ会ってませんでしたね」
そう言った沖田の斜め背後、
いつのまに来ていたのか男が立っていた。
「組のもう一人の副長、山南敬介先生です」
「初めまして」
穏やかに微笑した優しげな顔を、冬乃は慌てて箸を置きながら見上げた。
(この方が山南様)
「初めまして、冬乃と申します。宜しくお願い致します」
───山南の纏う雰囲気もまた、剣を修めた者のそれで。
山南も、近藤も沖田も。
向こうに居る芹沢も新見も、そして今ここに居ない土方も藤堂も、皆、
(この人たちは本当に、すごい)
剣豪が集まっている、その密度の濃さ。
のちに新選組が、泣く子も黙ると恐れられるまでに強大な組織になるのが今から目に見えるように。
(そういえば、)
初めてここで夕餉を食べたときと比べて、また人数が格段に増えている。冬乃が向こうに戻っていた間に新たに入隊した人達がいるのだろう。
こんなにたくさん人が居ては、前川邸の隊士部屋は足の踏み場もないのではないか。
(使用人女部屋、夜は空いてるんじゃなんかもったいない・・)
とはいえ、お孝が朝に来て使うので冬乃がどうこう言えることでもないのだが。
(それにしても、沖田様はどこで寝てるんだろう?)
十日前にここに来た時から変わっていないかぎり、沖田達はまだ八木家を使っていることは確かだ。
伝承では離れを使っていたようだが、小さい建物だったとも聞いている。それでも少しは居心地のいい部屋を確保できているのだろうか。
どちらにしても、屯所をここの前川邸および八木家から、広大な西本願寺の一角へ移すのは、ずっと先の話なので、暫く大変な混雑状態が続きそうである。
だが、西本願寺移転───
それまでには池田屋事変と、禁門の変、
(・・・そして、その時までに、今はここに居る人の何人かは亡くなってしまう)
今、ここでにこやかに話をしている山南も、また。
(もぉ、考えるのやめなってば・・!)
ガンッ
とおもわず勢いづけて膳へ叩き置いた椀が、音を立てた。
どうしたのかとこちらを見る沖田達に、すみませんと謝りの表情を向けて、冬乃は胸の痛みに震えそうになる手を握り締めた。
あるのは。
(この時代に来て、)
良かった事だけじゃ、無い。
(これからたくさんの、人の命と向き合わなくちゃならない)
耐えていけるように、がんばらなくては、
そしていつかは────沖田の命とさえ。
向き合う時が来る。
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