「……参り、ました」

 ……参り、ました」

 

 ガクッと膝をついたのは、桜花だった。

 

 藤堂が振りかぶる姿が視界に入った瞬間、未来にて酷く打ち据えられた記憶が過ぎる。瞬く間に恐怖の念に支配されたと同時にその面に衝撃が走った。

 

 

 沖田に続いて藤堂にも負けたことに落胆の色を濃くする。

 

 

──どうして、勝てないの。魚尾紋 成因 弱い私なんて、価値が無くなってしまうのに。

 

 

 呆然と座り込む桜花の元へ、藤堂が駆け寄ってきた。

 

「鈴木、試合ありがとう!思ったより強くて驚いたよ」

 

 差し出された手と共に屈託のない笑みを向けられるが、それすら心に刺さる。

 

……此方こそ、有難うございました」

 

 

 桜花は自らの力で立ち上がると、軽くお辞儀をしてふらふらとした足取りで道場を出た。防具を付けていても、打たれた衝撃は強い。だが、それ以上に己の心の弱さに打ちのめされそうだった。

 

 

……あっ」

 

 ふらついた拍子に、階段を踏み外す。落ちると思ったが、いつまで経ってもその衝撃は来ない。

 

 その代わりに、腕を強く引かれた。

 

 

 相手を見遣れば、斎藤が無表情のまま此方を見下ろしている。桜花が体勢を立て直したのを見やるなり、手を離した。

 

「あの、有難うございま──

 

……何に怯えている?平助に勝てば、面子を潰すとでも思ったか」

 

 礼など不要と言わんばかりに、言葉を遮る。何処か不機嫌さすら感じさせるその物言いに、桜花はいたたまれなくなった。

 

 

「違、」

 

「では何なのだ。あんたの実力はその程度ではあるまい。……最初の攻撃だってそうだ。あの沖田さんの初手を受けた腕前がありながら、避けられぬものでは無かろう」

 

 

 桜花の心中など知らぬ斎藤は、詰めるように言う。普段は何を考えているか分からないほどに、感情の起伏がない男だ。しかし剣に関してはどうにも熱くなってしまう気質らしい。

 

 斎藤の目には、桜花が手抜きをしているように見えていた。

 

 

……私の。こころが、弱かったのです。見苦しい試合を見せてしまって……ごめんなさい」

 

 言いながら、じわりと目頭に涙の膜が張る。だが涙は見せるなと高杉に言われたことを思い出し、必死に堪えた。

 

 

……怒っている訳ではない。今のあんたの剣には曇りがある。あれが試合だったから良かったものの、真剣だとすれば死んでいたぞ」

 

 精進しろ、と言い残して斎藤は去っていく。取り残された桜花は目元を拭うと、八木邸へ戻って行った。

 

 

 

 夕餉の支度やら、子どもたちの世話やらを手伝い、床についた頃にはすっかり月が真上に浮かんでいる。

 

 寝支度を終えて横になった途端、日中のことを思い出してはぽろぽろと涙が溢れた。

 

 

 悔しさ、不甲斐なさ、必要とされなくなる恐怖で頭の中がぐちゃぐちゃになる。声が漏れないように口を押さえて、静かに啜り泣いた。

 

 

──帰れないのなら、もう過去のことなんか忘れてしまいたい。

 

──泣かなくても良いように、強くなりたい。

 

 

 そう強く思った瞬間、枕元の"薄緑"が怪しく光った。その刹那、強い眠気に襲われて桜花は目を閉じる。「そうだ。貴方も稽古へ参加してみますか?見学でも良いですが」

 

 その申し出に、桜花は目を輝かせた。

 

 

「あ、あの。見学……させてください」

 

 いつも威勢の良い声を外で聞きながら、中の様子を見てみたいと思っていたのである。

 

「ええ、どうぞどうぞ。むさ苦しいところですが」

 

 

 沖田に連れられて、桜花は道場へ入った。男たちの声が響き渡り、ビリビリと肌が痺れる。取り残さた沖田はその背中を面白そうに笑いながら見送ると、桜花へ視線を向ける。

 

 まだ新しいはずの床にはいくつもの傷跡や、汗が染み込んだ跡があり、その激しさを物語っていた。

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