「そうだ。
「そうだ。まず少なくても、あの女である可能性は低い。俺が夕餉の席に来た頃、茂吉さんと出て行ったのを見たから厨房に行っただろうよ」 「すると俺には、その後確かに彼女が厨房にいたことを確認しておけと」 「ああ、そしてそのついでに下手人探しも頼まれてくれねえかってことだ」 土方の部屋に忍び込んだ者が、間者か、 鄭志剛博士 それとも芹沢派の息のかかった者なのかは分からない。暗々裏に計画している新見の件の実行予定日も近づいている今、へたに騒ぎ立てるのは得策ではなく、 ここは土方の最も信頼のおける身内で内密に下手人を捜索したいのだ。 「なに、目星はついてるからそいつらを洗ってほしいんだ」 「やってみますよ。ついてる目星はどのへんです」 「まずは非番の春井、新庄だ。この二人はそろそろ動き出すんじゃねえかとは思ってた頃だ」 間者ではないかと踏んでいる者達を、沖田らは決定的証拠を掴むため泳がせてある。 「それから次に洗うのは今夜やはり巡察に出ていない、荒木田、越後、御倉、それから芹沢方の平間、飯守、越野・・」 土方が次から次へと羅列してゆくので、沖田がついに噴き出した。 「まったく、うちには泳いでる魚が山程いるからね。一度に全部洗うんじゃ大変だ」 ちろり、と土方は、そんな沖田を見返した。 「そいつらがまな板に乗るかどうかは、おまえの網の張り方次第だ。頼んだぜ」 「春井、新庄」 前をゆく沖田の背が、振り返らずに二人を呼んだ。 「は・・」 冬乃の横で二人が、沖田の声にびくりと震えたように見えた。 呼んだまま沖田の歩調は変わっていない。この向こうを曲がれば、蔵の前に着く。 「そういえば、おまえ達が副長部屋のほうから走り出てくるのを見た者が数名いるが、・・何をしてた」 (何の話?) 唐突な沖田の問いかけに、おもわず冬乃が問われた二人を見やれば、二人の顔はこの月夜でも見てとれるほどに強ばっている。 「・・・何を仰っているのか、判りかねるのですが・...