それからしばらくは
それからしばらくは、依織と甲斐の間で特に大きな進展はなく日々が過ぎていた。
二人がセックスしたのは、一度きりらしい。
私は内心ホッとしながらも、港股户口 いまいち強引さが欠けた甲斐の行動に少し不満もあった。
このまま甲斐が次の行動を起こさなければ、きっと久我さんが先に動いてしまう。
あの人は、自分の望みを叶えるためなら突き進む人だ。
別にどちらの応援もしていないけれど、甲斐には一言、喝を入れておこう。
そんなことを思っていた矢先、私はある場面に遭遇してしまった。
それは仕事の休憩中、自販機で飲み物を買おうと院内の廊下を歩いていたときだった。
目の前に甲斐の背中が見えたため、最近依織とどうなのか聞きたくて声を掛けた。
「甲斐!あんたさ、最近依織と……」
そこまで口にしたところで、私は甲斐が別の女性と会話をしている最中だったことに気付いた。
甲斐の体に隠れていて、その女性の姿が私には見えていなかったのだ。
「桜崎、お疲れ。今、休憩中?」
振り向いた甲斐は、気さくに私に声を掛けてきたけれど、私は甲斐と一緒にいるその女性のことが気になって仕方なかった。甲斐といる女性は、微笑みながら私に会釈した。
「じゃあ、私そろそろ店に戻るね。また連絡するから」
「ん、仕事頑張って」
その女性が立ち去った後、甲斐も私の前から逃げるように立ち去ろうとしたため、私は逃がすまいと甲斐の服を掴んだ。
「ちょっと待った。何逃げようとしてんのよ」
「お前に今から質問攻めされると思うと、気が重いんだよ。逃げたくもなるだろ」
「何の情報も得ないで逃がすわけないでしょ。で、今の女、誰?甲斐の友達?それとも、元カノ?」
お世辞抜きで、綺麗な女性だった。
落ち着いた雰囲気で、柔らかな笑顔。
年齢は同じくらいだろうか。
彼女の甲斐を見る目が、恋をしている女子の目と同じに見えた。
「お前って……本当に鋭いよな。今、一瞬見ただけで普通元カノかって疑わないだろ」
「あぁ、やっぱ元カノか。ふーん、甲斐って面食いなんだね。依織とはちょっと違うタイプの女だったけど。で、何で今さら昔の女とこんな所で会ってんのよ」
「真白とは偶然再会したんだよ。別れてからずっと連絡取ってなかったから、真白がこっちに帰って来てるのも知らなかったし」
私は遠慮なく、その真白という名前の女について根掘り葉掘り聞き出した。「へぇ、カフェ経営してるんだ。確かにオシャレなカフェにいそうな雰囲気の人だったよね。今度、依織と一緒に行ってみようかな」
「いや、行かなくていいから。ていうか、真白には関わらなくていいから」
「関わらせてよ。面白いじゃない」
甲斐の元カノの高橋真白は、独身で今付き合っている人はいないらしい。
甲斐とはお互い嫌いになって別れたわけではなく、遠距離恋愛になり気持ちが離れてしまったことが破局の原因だった。
それなら、再会してまた好きになっても不思議ではない。
あの元カノは、きっと甲斐とヨリを戻そうとしている。
私の直感は、意外と当たるのだ。
「じゃあ、俺戻るわ」
「甲斐は、元カノにヨリを戻したいって言われたら、どうするの?」
「は?何だよそれ」
「もしもの話。どうする?自分の気持ち、揺れると思う?」
今はもう好きじゃないとしても、昔は愛した人だ。
少しぐらいは揺れてしまうのが、普通なのだろう。
でも甲斐は、即答した。
「揺れるわけないだろ。俺には七瀬しか見えてないんだから」
「……」
「お前も面白がってないで、早く仕事に戻れよ」
そう言って甲斐は、私の前から立ち去って行った。少しぐらい迷ってくれた方が、良かった。
元カノの登場に揺れてしまうような程度なら、甲斐なんてやめておきなと依織に遠慮なく言えたのに。
そんなに真っ直ぐ依織への愛をぶつけられてしまったら、文句なんて言えなくなってしまう。
二人の邪魔なんて、出来なくなってしまう。
依織が六年交際していた男と別れてから、私は自分がこの先どうしたいのかわからず苦しんでいた。
依織に好きだなんて言えない。
今さら、言えるわけがない。
万が一私が依織に気持ちを伝えたとしても、依織は優しいから私を傷付けるような態度は取らないと思う。
でも絶対に、今のような関係ではいられなくなる。
それだけは嫌だ。
だからといって、このまま黙って依織に新しい恋人が出来る日を待つなんて耐えられない。
私だって、甲斐や久我さんのように、自分の思うままに行動したい。
欲を言えば手を繋ぎたいし、キスしたいし、好きだって叫びたい。
けど、出来ない。
最近はそんな考えが頭の中でずっとしつこくループし続けている。
どれだけ長く考えても、答えなんて出ない。
だから、苦しいのだ。
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