「いってらっしゃい

 

「いってらっしゃい。」

 

翌朝、倫子本人は笑顔のつもりだが、思いっきり引き攣った笑顔に倫也は心配な顔を向ける。

 

「どうかしたのか?具合でも悪いか?」

「えっ?ど、どうもしてないよ?」

「本当に?何か不安な事とかあるなら聞くよ?」

「今?」

「勿論。」

 

(だ、駄目でしょ!仕事に行く夫を捕まえて不安を言う妻って疲れる人じゃない!!)

 

「ない!何にもない!!ほら、私は元気だし赤ちゃんも順調だからちゃんと行って!はい、いってらっしゃい!」

 

今度は普通の笑顔で言うと、そうか、と倫也は気にしながらも出掛けて行った。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁ……本当に浮気だったらどうしよう。許せるか許せないか。赤ちゃん産まれたと同時にパパがいない。可哀想過ぎる……。」

 

ブワッと涙が出て来る。

 

「治ったのに……もう。」

文句を言いながらリビングに戻り、ティッシュを取り涙を拭いた。

 

どうしたら良いんだろうと、暫く考えて、一番良いのは倫也に聞く事なんだろうと思うが、疲れる人、それは仕事で帰って来た夫に根掘り葉掘り聞いたりする事も入るんだろうなと思うと、聞けないな、と頭を悩ませた。

 

(だいたいさぁ。聞いて、はい、浮気してますとか言う?言わないって!だけどさ、もし浮気なら浮気相手と妻が知らない間に顔を合わせた事になるでしょ?気にならないかな。それとも会っても気付かない馬鹿な嫁だって二人で笑ってんのかな?それは許せないな。)

 

大きなため息を吐いて、昨夜あまり寝れなかったから、少し寝ようと寝室に行きベッドに入った。

 

今だから出来る事のひとつ。

好きな時に寝れる事。

 

産休に入ったから朝から寝れるし、赤ちゃんがまだお腹だから寝れる。

産まれたら寝不足は決定、それは菜緒を見て知っている。

 

育児は側で見る機会に恵まれたので、倫子なりに覚悟はしているが実際にやると見るとでは大きく違う事も分かるし、自分の子を一人で見ると思うと不安は大きい。

 

大丈夫かな、と思いながらウトウトし始めた。

 

 

どれ位眠っていたか……リビングの電話の音で目が覚めた。

 

「んー電話?何時?」

ベッドサイドに置いたスマホの時刻は940分を差していた。

 

倫也が8時に出掛けて、色々考えてから寝たので、1時間位か、と考えながらのっそりと重い体を起こして、リビングに向かう。

 

電話はずっと鳴り続けていて、しつこいなぁと思う程だった。

 

(急用?家族ならスマホに掛けるはずだし)

 

と考えながら電話に出た。「はい、もしもし。」

以前、実家にいた時は苗字を名乗っていたが、最近は詐欺も多いからと、実家でも母も菜緒も苗字を名乗らない事になり、倫子も名乗らない様にしていた。

 

相手が新藤さんのお宅ですか、とか、新藤さんでいいですか、とか聞いてくるのを待つ様にしていた。

 

暫くしても電話の相手から「もしもし」の声も聴こえない。

 

……?」

 

「もしもし?」

 

「もし、もーし!!悪戯なら切りますね?」

 

……………。』

 

確かに受話器の向こうに誰かがいる気配はする。

時間切れ、とばかりに倫子はいつもはしない受話器を直に置いて電話を切った。

 

「何よ、今時、無言電話!目が覚めたから洗濯機回そうっと!」

 

気分を切り替えてと向きを変えるとまた電話が鳴った。

 

さっきは急いで取ったからナンバーが表示される画面をちゃんと見ていなかった。

今度はちゃんと画面を見る。

 

登録されている場合、画面には名前が出るが、されてない場合はナンバーだけが表示される。

 

非通知設定に相手がしている場合は「非通知」と表示されるのでそれは取らない事にしていた。

 

表示にはナンバーが出ていた。

 

「はい、……もしもし。」

『ーーーーーーー。』

「さっきと同じ人ですか?要件は?」

『ーーーーーーーー。』

「卑怯で最低な行為ですね。自分の名前も名乗れないほど恥ずかしい事をしているって事は理解されているんですね?暇人に付き合ってる暇はないんで、他で遊んで下さい。」

 

受話器をガチャン!!と派手に音を立てて置いた。

勿論、態とである。

 

「何なのよ!」

 

その日はそれで終わりだったが、それから毎日の様に無言電話が鳴り始める。

 

倫也の出勤時間はバラバラなのに、決まって倫也のいない時間帯、夜も早く帰宅する時はないのに、遅く帰る時には19時や20時にも無言電話が鳴っていた。

 

(こんなにバラバラな時間に掛けて来るなら、倫也さんがいる時にもありそうなのにない。夜中に出る時は掛かって来ないけど、そのまま帰って来ない日に朝早く掛かって来たりする。)

 

「んーー?」

と考えて、結論はひとつ。

 

倫也がいない時を狙って掛けている。

そしてそれが出来る人といえば、倫也と同じ会社の人かこのマンションの住人の可能性が高い。

出勤したのを見たら掛ければいいだけの事なのだ。

 

「げっ!!浮気相手?……いや、それなら別れて下さいとかじゃないの?無言の意味は?」

 

うーん、と頭を悩ませる日々が始まってしまった。

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