尤も

尤も、この日風呂を奨めたのは或いは特に嬉しい思いを抱いていたからかも知れない。と言うのも、セイリュウ事件、フーシエ事件とゲッソリナに戻ってからも暴れる機会に事欠かないハンベエであったが、その合間を見て鉄板やら木の板やら風呂造りの材料を着々と集めていて、漸く一昨日手作りの風呂が完成したところなのであった。勿論、この風呂好き男。王宮には既に兵士に命じて、王女エレナ専用のものをはじめ入浴設備を幾らか造らせ、兵士達に奨めていた。だが、ハンベエは王宮で過ごすのが窮屈なようで、さりとて風呂を使う為だけに王宮に出入りするのも気が引けるらしい。.「良く来たなあ。さあ風呂に入ろうぜ。」であった。風呂気狂いと言うか風呂殉教者と言うか、やたらに風呂を奨めたがる男である。「さあ、これから毎日風呂に入れるぜ。」と、借卵この無愛想で滅多やたらと人を斬り捲って来た強面の男のさも嬉しげなニコニコ顔は不気味と言うか滑稽と言うか、曰く言い難い可笑しみが有った。そんな所にノコノコ来てしまったモンタは災難なのか功徳なのか良く分からないが、綺麗さっぱり洗われてしまった。今朝はすっきりした顔になっている。後は三人黙って食事を進めた。ん?、ロキ、ハンベエが此処で食事を取っているという事はエレナを囲む『御前会議』は開かれていないという事になる。そう、ハンベエがフーシエを叩き斬ってからは召集されていないのであった。必要な時は誰かが召集するという事で取り敢えず開催を見合わせていた。エレナの意向でもあった。そうそう、バスバス平原から戻ったモルフィネスはその後はずっと王宮に詰めており、直属部隊の『群狼隊』をあちこちに送って情報収集に掛かっているようだ。『群狼隊』の人員は五十人にも増えているとの事だ。「ご馳走様でしたあ。」三人が食べ終え、食卓の上の皿が綺麗に片付いたのを見計らってロキが手を合わせた。「ご馳走様でした。」真似てモンタが手を合わせる。「ご馳走様でした。」 仕方ないのでハンベエも付き合った。ちょっと仏頂面である「ねえハンベエ、オイラこれから王女様に頼み事に行くんだけどお。」とロキはハンベエに話し掛けた。「頼み事・・・。」「うん、一度さあ王女様に孤児達を見舞って何か言葉を掛けて上げてもらいたいんだあ。」「成る程な。しかし、王女はこの間も命を狙われたしな。王宮の外を彷徨(うろつ)かせるのもなあ。」.「何言ってんだよお。その為に、ハンベエってもんが居るんじゃないかあ。」ロキは事もなげに言ってのける。ハンベエの武勇に対する信頼は相も変わらず絶大のようだ。「うーん。」 とハンベエは気乗り薄の顔付きで、食事の間椅子に立てかけてあった愛刀『ヨシミツ』を手に取り、ロキ達から少し放れて抜き放った。 何も言わずに『ヨシミツ』の刃を見詰めている。ロキはそんなハンベエの姿を暫く静観していたが、やがて痺れを切らしたらしく立ち上がってハンベエの側に寄り喋り掛けた。「ハンベエさあ、時々そうやって刀の刃を見詰めてるけど、そうすると心が落ち着くのお?」ハンベエはチラリとロキの方を見て、それから刃に眼を戻し、再びロキに向いて言った。「こうやって研ぎ澄まされた刀の刃を見詰めているとな・・・。」「見詰めていると?」「何でもいいから、ぶった斬りたくってゾクゾクして来るんだよ。」そう言ってハンベエはニヤッと笑った。「ぎょ。」ロキは思わず一歩、いや二歩後退りしてしまった。やっぱりハンベエは危ない奴だと思い出したらしい。「ふっ、冗談だよ。」とハンベエは優しい声音で言って、刀を鞘に納めた。ロキの方は『絶対に冗談なんかじゃないや』とハンベエの言葉など信用してない目付きで黙っていた。

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